大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)525号 判決 1978年5月17日

控訴人(原告)

町野利幸

ほか一名

被控訴人(被告)

小田島迪夫

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人町野利幸に対し、金八五二万四、七三〇円及び内金八一七万四、七三〇円に対する昭和四七年五月二〇日から完済まで年五分の金員を、控訴人町野歌子に対し、金八二二万一、六一〇円及び内金七八七万一、六一〇円に対する右同日から完済まで年五分の金員を、それぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一  控訴人らの請求原因

1  (事故の発生)

訴外亡町野忠志は、次の交通事故によつて死亡した。

(一) 発生日時 昭和四六年九月一二日午後三時三〇分ころ

(二) 発生場所 茨城県日立市大久保町一丁目一番地先国道六号線交差点内

(三) 加害車 普通四輪乗用自動車(茨五・み・九四一九号)

運転者 被控訴人

(四) 被害車 自動二輪車(一・茨・え・三八八五号)

運転者 亡町野忠志

(五) 態様 亡町野忠志は高萩方面から水戸方面に向かつて右自動二輪車を運転し、右交差点を直進中、対向して来た同交差点を国鉄常陸多賀駅方面へ向け右折しようとした被控訴人運転の右普通四輪乗用自動車に横から衝突されて転倒し、同所において死亡した。

2  (責任原因)

被控訴人は、本件加害車を自己のため運行の用に供していたから、本件事故による後記損害について自賠法三条による責任がある。

3  (損害)

(一) 控訴人町野利幸の負担した葬儀費用等 金三〇万三、一二〇円

亡忠志の死亡により、控訴人町野利幸は、遺体引取りのための交通費金六、四八〇円、遺体輸送費用金二万円、葬儀費用金二七万六、六四〇円を各支出し、合計金三〇万三、一二〇円の損害を蒙つた。

(二) 亡忠志の逸失利益 金一、七二四万三、二二一円

亡忠志(本件事故当時二〇年)は、本件事故当時茨城大学工学部機械工学科三学年に在学していたものであり、一年半後の昭和四八年三月には同大学を卒業し、少くとも従業員三〇名以上の機械製造関係企業に就職し、以後四二年間就労が可能であつたというべきである。ところで、昭和四五年第二三回労働統計年報(労働大臣官房労働統計調査部発行)によれば、昭和四五年度の機械製造関係企業(従業員三〇名以上)の管理、技術労働者の平均月額給与は金一一万二、二一九円であり、右給与を得るための本人の生活費はその四割を超えないものというべきである。なお、亡忠志の本件事故時である昭和四六年九月から右卒業時である昭和四八年三月までの一九カ月間の生活費及び学費の月額は金二万円を超えることはないから、その総額は金三八万円であるが、これは亡忠志の逸失利益から控除することとする。

以上に基づきホフマン式計算により年五分の中間利息を控除すると、次の算式のとおり亡忠志の逸失利益は金一、七二四万三、二二一円となる。

(11万2219円×12-11万2219円×12×0.4)×(42年間のホフマン係数22.2930-本訴提起時から昭和48年3月まで未就労期間1年のホフマン係数0.9523)-38万円=17,243,221円

そして、控訴人らは亡忠志の両親であり相続人の全てである。よつて相続分に応じ控訴人らは右逸失利益を各金八六二万一、六一〇円づつ相続した。

(三) 控訴人らの慰藉料 各金一七五万円

控訴人らは、その子である忠志の死亡により精神的苦痛を受けた。これを慰謝すべき賠償額は各金一七五万円が相当である。

(四) 控訴人らの負担した弁護士費用 各金三五万円

(五) 損害の填補 各金二五〇万円

控訴人らは、それぞれ自賠責保険金二五〇万円を受領した。

A (結論)

よつて、被控訴人に対し、控訴人町野利幸は右3の(一)ないし(四)の合計金一、一〇二万四、七三〇円から同(五)の金二五〇万円を控除した金八五二万四、七三〇円及び内金八一七万四、七三〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年五月二〇日から完済まで年五分の遅延損害金の支払いを求め、控訴人町野歌子は、同(二)ないし(四)の合計金一、〇七二万一、六一〇円から同(五)の金二五〇万円を控除した金八二二万一、六一〇円及び内金七八七万一、六一〇円に対する右同日から完済まで年五分の遅延損害金の支払いを求める。

二  被控訴人の認否

請求原因1の事実は認める。同2の事実のうち被控訴人が本件加害車を自己のため運行の用に供していた事実は認める。同3の事実のうち、亡忠志が本件事故当時二〇年であつたこと、控訴人らが忠志の両親であること及び(五)の事実は認め、その余の事実は不知である。

三  被控訴人の抗弁

1  免責の主帳

被控訴人は、本件交差点中央付近で一旦停止した後高萩方面へ向かう信号表示が青色から黄色に変わつたのを認めたので、高萩方面から水戸方面へ向け対向してくる車両が本件交差点の停止線付近に停止するのを確認し、再び右信号表示が黄色であるのを確認した後ゆつくり右折を開始したものであり、その際前方の安全を確認しその運行に注意を怠らなかつたのであるが、一方亡忠志は、右信号表示が黄色から赤色に変わつたにもかかわらずこれを無視して本件交差点内に侵入してきて、折りから右折している加害車と衝突したものであつて、本件事故は亡忠志の一方的過失によつて発生したものというべきであり、被控訴人には過失はない。そして加害車には構造上の欠陥または機能上の障害もなかつたのであるから被控訴人は自賠法三条但書により免責されるべきである。

2  過失相殺の主張

仮に、被控訴人に過失があるとしても、本件事故については亡忠志の前記過失も大きく寄与しているので斟酌されるべきである。

3  損害填補の主張

控訴人らは自賠責保険から、控訴人ら主張の合計金五〇〇万円のほか、さらに七万〇、二二〇円を受領している。

四  控訴人らの認否及び反駁

抗弁1、2の各事実は否認する。本件事故について被控訴人には次のとおり過失がある。すなわち、加害車が本件交差点内で一旦停止した地点から本件衝突地点までは直線距離で約四メートルであり、加害車が右二地点間をゆるやかにカーブして走行したとしてもそれに要した時間は約二秒間と認めるのが相当であるところ、地方被害車は、時速四〇ないし五〇キロメートルで進行しながら右交差点内に入つてきて、右交差点開始地点から約二七メートルの本件衝突地点に至つたのであるから、被害車が右二地点間を走行するに要した時間も右同様約二秒間と認められるのである。そうとすれば、加害車が被控訴人の主張するとおり信号表示が黄色で発進して右折を開始したとするならば、被害車も同時に本件交差点に信号表示が黄色の時間内に入つているものであつて、加害車は道交法三七条一項(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの)により、直進車である被害車の進行を妨害してはならないのに、被控訴人はこれを怠つた点に過失があるというべきである。

仮に、被害車が赤信号になつてから本件交差点に侵入したものとしても、被控訴人が通常の運転者として安全確認義務をつくして右折を開始していたならば、被害車が右交差点内の対向車線を直進してくるのを容易に発見し、直ちに停止するか、または転把するなどして本件事故を未然に回避する措置がとれたのに、被控訴人は右注意義務を怠つたものであり、この点に過失があるというべきである。

理由

一  請求原因1の事実(事故の発生)及び被控訴人が本件加害車を自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、以下被控訴人の抗弁1(免責の主張)について検討する。

成立に争いのない甲第五号証の一ないし二一、乙第三号証の一ないし七、被控訴人本人尋問の結果(原審)を総合すると、

(1)  本件事故現場は、国鉄常陸多賀駅から西北約四二〇メートルに位置し、南北に通じる国道六号線(歩車道の区別があり、車道の幅員一二メートルのアスフアルト舗装道路)と東西に通じる道路(歩車道の区別があり、車道の幅員一一メートルのアスフアルト舗装道路)との交差点であり、信号機によつて交通整理されている。右信号機の信号表示時間は、国道六号線上の車両に対する関係では青色三五秒間、黄色五秒間、全赤五秒間、赤色二五秒間の周期となつている。なお、右交差点はその四隅が隅切りされているので交差点の占める面積は広く、右両道路とも交差点開始地点は交差点の中心点から約三〇メートル手前になる位置であり、その見通しは良好であるが、両道路とも交通量は多い。

(2)  被控訴人は、加害車を運転して国道六号線を高萩方面に向け北進し、本件交差点で国鉄常陸多賀駅方面へ右折すべく、右折の合図をしながら青信号に従つて交差点内に入り、交差点の中心点直前付近のセンターライン寄りの地点に一旦停止し対向直進車をやりすごしていたところ、信号表示が青色から黄色に変わつたのを現認したので、対向車線の車両の動静をうかがうと交差点開始地点付近に二列になつて数台の対向直進車が黄色の信号表示に従つて停止しようとしているのが現認された。そこで再度右信号を一瞥し黄色表示であることを現認した後、対向直進車が停止しているのを見てゆつくり右折を開始し、右一旦停止していた地点から直線距離で約四・一メートルの地点までゆるやかにカーブして進行したところ、対向車線を直進してきた被害車の右側面に加害車の右前部角付近から正面バンパー付近を衝突させ、本件事故を発生させた。右衝突地点は国道六号線のセンターラインから約四メートル、高萩方面の交差点開始地点から約二七メートルの地点である。

以上の事実を認めることができる。

次に、証人村山隆雄の証言(原審)中には、「本件交差点から約五〇メートル水戸方面寄りの地点から本件交差点を見ていて本件事故を目撃した。加害車が交差点内で一旦停止していたところは見ていないが、信号表示が黄色のとき人が歩く程度の速度で右折していたのを見た。その時対向直進車が数台交差点開始地点付近に停止していたが、信号表示が黄色から赤色に変わる時右停止していた対向直進車と歩道との間から時速四〇ないし五〇キロメートルで被害者が交差点内に侵入してきた。被害車が交差点に侵入した時点では信号表示は赤色に変わつていた。これはやるなと思つているうちに本件事故が発生した。衝突の直前の加害車はほぼ国鉄常陸多賀駅の方向に直面する状態であつた。」旨の供述部分がある。右供述は、目撃地点が約五〇メートルはなれていたことや、きわめて瞬間的な出来事に関するものではあるが、前記認定の事実及び被控訴人本人の供述と対比しても齟齬はなく、措信することができるというべきである。

そこで、前記認定の各事実に証人村山隆雄の右供述及び鑑定人稲葉正太郎の鑑定の結果(原審)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次のように推認することができる。すなわち、

被控訴人は、一旦停止した地点で信号表示が青色から黄色に変わつたのを現認して後、対向車線の車両の動静をうかがい、交差点開始地点付近に数台の対向直進車が停止しようとしているのを現認し、さらにもう一度右信号を一瞥し黄色表示を現認した後、対向直進車が停止しているのを見てゆつくり右折を開始したというのであるから、人の反応時間(目で見てから反射的に運動に反応する時間)が〇・五秒間位であることや、本件交差点の占有面積が広く、信号表示が青色から黄色に変わつた時点では交差点内に既に入つていた対向直進車がいたこと等に照らすと、加害車は信号表示が青色から黄色に変わつた後なお約三秒間から四秒間は停止した状態にあり、その後右折を開始して約二秒間強かかつて本件衝突地点に到達したものと推認され、また衝突時の加害車の状態は、加害車の車長が三・九メートル(前出甲第五号証の一により認められる)であり、右一旦停止した地点から衝突地点まで直線距離約四・一メートルの間をゆるやかにカーブして進行していることや、その衝突の部位、程度等に照らして考えると、衝突時にはほぼ国鉄常陸多賀駅方面に直面する状態、もしくはその直前の状態であつたものと推認される。他方被害車は、信号表示が黄色から赤色に変わる直前に本件交差点内に時速四〇ないし五〇キロメートルで侵入し、約二七メートル進行して衝突地点に到達していることから、侵入後衝突するまで約二秒間を経過しており、衝突一秒位前ころには信号表示は黄色から赤色に変わつていたと推認することができる。

ところで、本件事故当時の道路交通法三七条(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの)によれば、右折車は交差点において直進しまたは左折しようとする車両等があるときは当該車両等の進行を妨げてはならないが(同条第一項)、その反面、右折車が「既に右折している」場合には、直進車または左折車は右折車の進行を妨げてはならない(同条二項)ものとされていたのであり、同法三七条二項にいう「既に右折している車両等」とは、「単に右折中であるというだけでは足りず、右折を完了している状態、またはそれに近い状態にある車両等」をいうものと解すべきであるところ(最判昭和四六年九月二八日刑集二五巻六号七八三頁参照)、これを本件についてみるに、前記認定のとおり、被害車が本件交差点に侵入し、衝突地点に到達する直前には、加害車は既に対向車線のうち約四メートル位の地点に到達し、国鉄常陸多賀駅方面に直面する状態もしくはその直前の状態になつていたのであるから、同条項にいう「既に右折している車両」に該当するものというべく、直進車たる被害車の進行を妨げてはならなかつたのである。

次に、控訴人らは、被控訴人が右折に際し通常の運転者としての安全確認義務をつくしていれば、被害車が直進して来るのを発見することができ、未然に本件事故を回避することができたのに、被控訴人は右注意義務を怠つたものである旨主張するが、前記認定の加害車の右折の経緯及び態様に照らして考えると、信号表示が黄色となり、これに従つて数台の対向直進車が二列になつて停止した以上、その後信号表示が黄色から赤色に変わる直前ころに、停止している数台の対向直進車と歩道との間から時速四〇ないし五〇キロメートルで交差点に侵入して来る車両があろうなどとは通常考えられないところであるから、被控訴人において被害車の出現を予見すべきであつたということは難きを強いるものといわざるをえず、結局被害車の運転者たる亡町野忠志には交通法規を遵守することが期待され、被控訴人としてはその適切な運転を信頼するのが相当な場合であつたというべきであり、被控訴人に運転者としての注意義務を怠つた過失はないから、右主張は採用することができない。

そうとすれば、本件事故の発生は、もつぱら亡町野忠志の黄色信号を無視して本件交差点を進行した無謀運転に帰因するものであつて、被控訴人には過失がないということができ、また、本件事故と相当因果関係のある加害車の構造上の欠陥または機能の障害も認められないから、被控訴人の免責の主張は理由があり、被控訴人は自賠法三条但書により本件事故につき運行供用者責任を免れることができるというべきである。

三  以上のとおり、被控訴人には本件事故に対する責任がないから、控訴人らの本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

よつて、原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川島一郎 小堀勇 小川克介)

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